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ペルーから帰国した日本人について、そして南米を回っていた私は・・・

コロナについてはもう私が説明することもないほどに、連日マスコミを賑わせています。

色々と言いたいことはありますが、今回は私が3月3〜12日(日本時間)メキシコからエクアドルを回ってきたことと、ペルーで閉じ込められた日本人、そして娘の帰国などと併せてお話しします。

 

日本で緊急事態宣言が出されるのは本日4月7日です。私はSNSなどであまりにも遅いと言い続け、しかもそれは「ロックダウン」についてでした。

 

今頃、ロックダウンではなく緊急事態宣言? 

あまりに水際対策の遅さ、不備について呆れ返るばかりです。

もちろん経営者としては大きな痛手であり、今後の社の存続にも関わります。

それでも「今やらないでいつやるの?」と昔の流行語を叫びたくなります。

本日も出社しておりますが、人影は少ないとはいえ、本当の感染を防ぐべき対策とは思えません。

 

 

さてペルーについてお話しします・・・

ペルーが「非常事態宣言」を発令したのは3月15日です。

アジアや欧州線の国際線発着が全線停止されたのです。

そして陸路も船も。日本より3週間も前の事です。

その結果、ペルー国内にいた日本人260人が閉じ込められてしまいました。


 16日、非常事態が発令されたペルー・カヤオで車両を止める兵士


コロナの拡散を止めるためには、ここまでしなければならなかったのです。

 

 

私は3月4日(成田3日発メキシコ3日着)にエクアドルの首都「キト」に行きました。そこで南米をバックパックで回っていた娘と合流しました。

3月10日(現地時間)にキトで娘と別れ、私はメキシコ経由で帰国(成田到着は12日)でした。娘はコロンビア経由でメキシコに向かいました。

コロンビアに滞在しているときに、ペルーの非常事態宣言が出されたのです。一斉にエクアドルもコロンビアも規制が入りました。

娘がコロンビアに閉じ込められる!?・・・

娘はコロンビアからカンクン(メキシコ)行きのフライトを待っている2時間前に、突然フライトがキャンセルされ、最悪は4月末日までコロンビアに閉じ込められるところでした。

現地の未明の5時、そして日本の19時。私に電話がかかってきて、私も必死にメキシコへ向かう手立てを考えていました。

隣にいたコロンビア人の女性にWi-Fiを借り(空港内にWi-Fiは飛んでいません)、私へメッセンジャーの電話を利用した連絡してきたのです。

しかし全く手段が見当たりません。

「仕方ない、夜が開けたら日本大使館に保護をしてもらいに行きなさい」

困惑する娘ですが、それが私が出した結論でした。

女神降臨!・・・

ところが隣にいたコロンビア人の女性が航空会社に掛け合い、なんとか違う便でメキシコまで行くことができることになったのです。

「わ〜、メキシコからならカンクンに行くのは簡単だから良かったね」

 

さらに、その女性が朝食を奢ってもらって食べていると、

「パナマで10時間待つことになるけど、カンクンに行けるようになったわよ」

 

と、航空会社の方が言いにきてくれたのです!

彼女が女神様に見えてきます。写メあるので載せたいのですが・・・

これでもだいぶ短くまとめたのですが、また違う機会に説明したいと思います。

ペルーの閉じ込められた日本人は・・・

さて、ペルーで閉じ込められた日本人はどうなったのでしょう?

28日に台湾がチャーターした便で29人がフロリダ・マイアミ経由で帰国しています。

翌29日は日本の旅行会社がチャーターした便で104人がメキシコ経由で帰国しています。

旅費は全て自腹です。

残った方も随時帰国されているとのことです。

少し時間を巻き戻しましょう・・・

私が3月4日にキトへ向かった成田からの便の隣の席に、マチュピチュの近くの村へ向かうJICAの方がいました。

「コロナどうなんでしょうね?」「日本や中国は危険ですが、暖かい南米では大丈夫なのではないでしょうか?」

その時はコロナがここまで蔓延してパンデミックを起こしてしまうとは思っていなく、それでも日本でのんびりしている方よりは意識は高かったかと思いますが、それでもこの程度の会話でした。

 

さらにその方とは帰りの便でも一緒になりました。

メキシコ到着の時に同じ飛行機で帰国することはわかっていたので、探すと私の真後ろの席に座れていました。

 

まずは天気の話になり、2人とも全く雨に降られず幸いだとの何気ない会話から、

「コロナどうでした?」

「ペルーも大変でした」

「キトでは、私たちが日本人だとわかると『コロナ、ハポネス』とからかわれました」
 キトの繁華街。まさにこの横断歩道を渡っている時にからかわれました。

さらには、キトからガラパゴスへ向かう途中で一旦止まったエクアドル第二の都市「グアヤキル」で、乗り込んできた人たちの多くがマスクを使用しており、グアヤキルでも感染者が5名出たことを知りました。

「今帰国して安心ですよね」程度の軽い会話でした。

その時、私たちは、数日後に帰国できなかったかもしれない状況に陥るとは、夢にも思いもませんでした。

 

 

さ皆さん、この写真はどんな状況だと思いますか?・・・

クスコ空港(ペルー)から飛び立ち、マイアミ、台湾、そして日本に到着した機内です。

この日は3月31日、なんと娘がカンクンから帰国した日と同じで、この中に娘の友人がいたのです。

まずは台湾の皆様有難う、LATAM航空のクルーの皆様有難うございました。

凄い奇遇なのですが、そこからの日本の対応がまるで違ったのです。

成田での対応について・・・

彼たちは、成田で強制的にホテルで2週間の待機をさせられました。もちろんホテル代も自腹です。

娘といえば「何にもなかったよ、メキシコの前はどこにいたかと聞かれたので、コロンビアというと、そのまま通された」との事。

確かにサーモによる熱の検査はしたのですが、これは以前から、どのイミグレーションでもやっていることで特別なことではありません。

 

さらに言えば、そのまま公共機関を使ってもらっても構いません」

まあ、これは私が事前に成田空港へ確認しておいたので娘に伝えていました。

しかし娘が言った言葉が日本国内にいる我々と外国にいる日本人との意識の差だと痛感しました。

 

 

国内と海外に住んでいる意識の差とは・・・

 

「電車に乗るなんて嫌だよ、日本の防疫レベルはとても信用できない!」

 

カンクンでは夜の10時から翌朝5時まで一切の外出は禁止されています。

娘がお世話になっていた家のパパが、発令した当日、うっかり10時を過ぎて帰宅中、警ら中の警官に「何やってんだ貴様! 外歩いてると捕まえるぞ!」と怒鳴られたとのことで、発令したならばここまで強制的にすべきと思います。

 

 

先のペルーで兵士が車を抑制する写真やこのカンクンでの警官の応対、日本では考えられないほどに厳しいですよね。この厳しさがあってこそ、ウイルスの感染拡大を防げるのではないでしょうか。

 

 

両極端な対応に私の判断も揺ぎます・・・

 

先の成田での対応は両極端です。最初は私も「日本はなんて甘い国なんだ?」と疑問に思ったり、よくよく考えているとヨーロッパやアメリカの帰国者には強制的に謹慎を命じたり、「もしかして日本って、対応のさじ加減が無茶苦茶に上手いのか?」と思ったり迷んだりしました。

 

長くなるので最後に締めますが、日本の今回の緊急事態宣言は緩く、そして遅すぎます。

昨日の夜(6日)も「今から飲みに行くぞ」という若者を見かけました。

 

和牛券やマスク二枚の対応に、とてもじゃないが、一瞬でも「もしかして日本って、対応のさじ加減が無茶苦茶に上手いのか?」との考えてしまったことを後悔してしまいます。

弊社の対応・・・

弊社でもテレワークを出来るものにはやらせるため、PC(デスクトップでも)持ち帰らせ、どうしても出社しなければならないものは、勤務時間を半分にし、そしてラッシュ時間を避けた出勤をさせています。

これで完璧かわかりませんが、政府の対応に委ねるだけでなく、自分たちの出来ることは最低限でもやっていこうと思っております。

 

未曾有の大惨事が世界を襲っていますが、皆様もくれぐれもお気をつけて、そして頑張ってください。

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