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ミャンマーでは4月から完全休業した企業、工場などにたいし、全額の給与保証をしました。

日本の施策といえば・・・

 

日本の「10万円支給」が、一体何の足しになるのか不安ですよね。せめて毎月支給ならいざ知らず、たったの一回だけ貰ってもどうなることやら。

 

その不安のために店を閉める、自殺を考える人が出ているのです。

それを守るのが国ですから、右往左往しているのは初めてのパンデミックに遭遇しているので分からなくはないですが、ミャンマーだってそれは同じことです。

 閉鎖している工場の前に群がる従業員達


この写真を観てください。

 

どう思いますか? まるで閉鎖を解いて早く工場を再開しようじゃないか! と言っているように見えますよね。

 

ところが事実は・・・・

 

『4月の末に政府担当者が、工場を再開できるかどうかを視察に回るのですが、それを阻止している集団なんです!』

 

 

理由は簡単・・・

「働かずに給与をもらっているんだから、工場を再開してもらっちゃ困る!」

 

日本と逆で、政府はしっかりと国民を守った施策を取ったのに、肝心の国民の“民度”の低さときたら・・・・

 

 

私はミャンマー人が最も優しく誠実な民族だと思っていました。

 

それは、アジア諸国のボランティアを始め、とても貧しい方々とも会ったことがあるからです。そして、その中でも自尊心を忘れず、貧しい中でも仏教の心を失わず、他人への思いやりを持っている国民と思っていました。

 

確かにそれは大袈裟かもしれませんが、私は貧しい国を訪れると、少額のお金をたくさん用意し、できるだけ多くの人に配ることを心がけています。これについて賛否両論あろうかと思いますが、ここではとりあえず納得しおいてください。

その国々を巡る中で、初めてお金を拒否される経験をしたのが、ミャンマーだったのです。

 

 

若い夫婦との出会い・・・

 

ヤンゴンのマーケットを回っている時、若い夫婦が私にしつこくまとわりついて、扇子を買ってくれとせがんできます。さっきの理論から言えば、すぐに買ってあげても良いのですが、しつこいので無視をしていました。

 

そして、マーケットで「ロンジ(布をグルっと腰に巻き付けた現地衣装)」を購入した時です。

 

「僕が巻き方を教えてあげる」

と、店のおばちゃんの説明では良くわからなかった私に、ロンジを巻いてくれました。

 

そのお礼に、1ドル札を手渡そうとすると、「要らないよ、私はあなたに喜んでもらいたかっただけだから」と言うではありませんか!

 

その言葉に大きな衝撃を受けました。どこへ行っても「ワンダラープリーズ」としつこくせがまれるのに、断る人がいるのだと。

 

感動したので・・・

「では扇子を買ってあげるよ、いくら?」

「有難う5ドルです」

「じゃ二つ買うよ」

「いえいえ、そんな無理しないで一個で良いです」

との返事に益々感動!

 

「大丈夫だよ、お袋と俺用に二つ欲しいんだ」と二つ買いました。

その時、いつの間にか奥さんが子供を抱いて戻ってきました。
 若くても頑張って子育てしている2人


ずいぶん小柄なので、夫婦とは思えなかったのです。

「君たち年はいくつ?」彼は18歳でした。奥さんは16歳で2年前に結婚したと言います。

最初に無碍にしたことを後悔するも、最後はとても仲良く話ができ、子供も抱っこさせてもらったので、何となく罪滅ぼしができたかと言うところでした。

 

 

そしてバガン王朝へ・・・

 

さらにバガンにも行ってきました。そこは最古の王朝と言われているところで、その街には3000を超す寺院が建てられています。

 

どの寺院も素晴らしく管理されており、管理しているのは近くの信者達が自ら行っているのです。

ところが、ボロボロになっている寺院があり、通訳(英語しかできないので苦労しましたが)によると、兄を毒殺し自分が政権をとった弟を祀っているので、誰もこの寺院の手入れをしないとのことでした。

 

そして、「なぜ皆さんこんなに信仰が厚く、善良な方ばかりなんですか?」

と質問すると、

「阿弥陀如来様が宇宙から我々を観ているのです。そして悪さをすると未来永劫子々孫々まで禍が続くのです」

なるほど、その象徴が政権を牛耳りながら、誰にも手入れをされない弟の墓(寺)なんだなと、納得させられました。

 

 

では話を元に戻しましょう・・・

 

これだけの素晴らしい国民でもこの様なことが起きてしまうんですね。ミャンマーはアメリカの経済制裁を解かれてから、一気にバブル化して物価が高騰しました。当然貧富の差も激しい国になってしまいました。

 

その結果、民度の低い国民になってしまったのでしょうか。

もちろん、全国民が同じではないでしょうが、この群衆を観てしまうと、そう思わざるをえません。

これもコロナのもたらした禍と言えるのかもしれません。

 

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